大林組の土木実績|トンネル・ダムの代表工事まとめ

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「青函トンネルは大林組が掘った」という話を聞いたことはありませんか。間違いではありませんが、正確には少し違います。青函トンネルの本坑の工事は9つの工区に分けて発注されていて、大林組が受け持ったのはそのうち北海道側の6.4kmの区間でした。しかも、清水建設と組んでの工事です。

大林組は古くは1914年に完成した生駒隧道(いこまずいどう)から、青函トンネル、東京湾アクアライン、2023年に完成した川上ダムまで、100年以上にわたってトンネルやダムの大きな工事を手がけてきました。ただし、その多くは複数の会社が組んで請け負った工事で、大林組が受け持ったのはその中の決まった区間(工区)です。

この記事では、大林組の社史や公式の実績紹介、国土交通省の資料をもとに、次の2つを紹介します。

  • トンネルとダムの代表工事の一覧(発注者、大林組の担当範囲、規模、竣工年つき)
  • 「大林組が掘った」を、雑談で間違えずに話すための言い方

大林組のトンネル・ダムの実績は?代表工事を一覧で

大林組は、トンネル、橋、ダム、河川、都市の土木、鉄道や高速道路まで、幅広い土木工事を手がけています(土木工事の区分については土木一式工事とはで解説しています)。国内の土木事業の売上高は、2025年度で4,266億円です。トンネルとダムの代表的な工事を並べると、次のとおりです。

分野工事名(発注者)竣工大林組の担当
トンネル生駒隧道(発注:大阪電気軌道)1914年竣工トンネル(全長3,388m)と付近の線路
トンネル大阪の地下鉄(大阪市営地下鉄。梅田〜心斎橋間の一部)1933年竣工(開業も1933年)淀屋橋〜北久太郎町間の路線と駅、川の下を通る区間など
トンネル青函トンネル 三岳工区(発注:日本鉄道建設公団)1981年竣工(開通は1988年)北海道側の陸上部6.4kmの工区(2社のJV。清水建設と組み、大林組がまとめ役)
トンネル東京湾アクアライン(発注:東京湾横断道路)1997年竣工海ほたるから川崎方面へ掘ったシールドトンネル2,776m(3社のJV)
トンネル北陸新幹線 飯山トンネル(発注:鉄道建設・運輸施設整備支援機構)2011年竣工全長22.251kmのうち、新潟県側の板倉工区3,660m(4社のJV)
トンネル横浜環状北線(発注:首都高速道路)2016年竣工シールドトンネル2本(総延長約11km)と、分かれ道・合流部の拡幅(3社のJV)
トンネルニュージーランド ウォータービュー(発注:ニュージーランド交通局)2018年竣工延長2,400mのシールドトンネル2本(現地の建設会社とのJV。発注者・設計者も加わるアライアンス契約)
ダム糠平(ぬかびら)ダム(発注:電源開発)1956年竣工ダムの建設(工事費40億円超。予定どおり3年で完成)
ダム中木庭(なかこば)ダム(発注:佐賀県)2007年竣工ダム本体の建設(高さ69.5m。4社のJV)
ダム川上ダム(発注:水資源機構)2023年竣工ダム本体の建設(高さ84m。3社のJV)
ダム天ヶ瀬ダム トンネル式放流設備(発注:国土交通省)2023年竣工水の勢いを弱める区間と出口部分(2社のJV)

大林組のトンネル紹介サイトによると、トンネル工事に携わって100年以上になります。

業界メディアの日経クロステックによる建設会社の決算アンケートでは、大林組は2022年度決算で「ダム」分野の首位でしたが、2023年度決算ではダム・山岳トンネルとも首位を他社に譲っており、順位は年によって入れ替わっています。

表の「大林組の担当」欄を見ると、11件のうち8件は、大林組がほかの会社と組んで施工した工事です。なぜ担当がこのように分かれているのかを先に知っておくと、1件ずつの実績がぐっと読みやすくなります。

「大林組が掘った」は正しい?JVと工区で話すと間違えない

大きな土木工事は、何社かが組んだJV(共同企業体)で請け負い、さらに工区ごとに担当を分けて進めることがあります。冒頭の青函トンネルなら、「青函トンネルは大林組が掘った」ではなく、「青函トンネルの北海道側の三岳工区を、大林組と清水建設のJVが掘った」と言うのが正確です。

JVとは、何社かが組んで1つの工事を請け負う形

国土交通省は、JVを「複数の建設企業が、一つの建設工事を受注、施工することを目的として形成する事業組織体」と説明しています。国の制度でも、大規模で技術的に難しい工事のために、工事ごとに組むJV(特定JV)が定められています。大林組の実績紹介を見ても、川上ダム、天ヶ瀬ダム、ウォータービューはいずれも「他社と共同施工」と書かれていました。青函トンネルの三岳工区では、大林組がJVのまとめ役(幹事会社)でした。

大きな工事は「工区」に分かれている

もう1つ知っておきたいのが工区です。青函トンネルは本坑だけで9つ、北陸新幹線の飯山トンネルは6つの工区に分かれていました。海外では、ニュージーランドのウォータービューのように、発注者・設計者・施工者がチームを組む「アライアンス契約」という形もあります。

自社がその工事のどこに関わったのかも、同じように工区や担当範囲で話すと伝わりやすくなります。ここからは、トンネルとダムの代表工事を、大林組がどこを担当したかに注目しながら1件ずつ見ていきます。

トンネルの代表工事は?1914年の生駒隧道から海外のシールドまで

大林組のトンネルの代表工事は、古くは1914年の生駒隧道から、昭和の地下鉄、青函トンネル、海の下のアクアライン、海外のシールドトンネルまで広がっています。山を掘るトンネル、都市や海の下のトンネル、海外の3つに分けて紹介します。

山を掘るトンネル:生駒隧道・青函トンネル・飯山トンネル

生駒隧道(1914年竣工)は、大阪と奈良の間にある生駒山を貫いた、全長3,388mの複線のトンネルです。大林組の八十年史は、長さでは当時の笹子隧道に次ぐものの、線路幅の広い複線のトンネルとしてはほかに例がなかったと書いています。八十年史が「大林組存亡の危機」につながったと書くほどの難工事で、当時の社長で創業者の大林芳五郎は「大林ある以上如何なることがあつても貫徹する」(大林組がある限り、何があってもやり遂げる)と言い切り、完成させました。芳五郎については「大林組の創業者・大林芳五郎とは?」で、同じ年に完成させた東京駅の話は大林組の歴史と代表建築物で紹介しています。このトンネルは1964年に使われなくなり、代わりに造られた新生駒隧道(1964年6月竣工)では、大林組は西口(大阪側)の1,753mを施工しました。

青函トンネル 三岳(みたけ)工区(1981年竣工)は、北海道側の陸の下を掘った区間です。大林組の百年史によると、青函トンネルの本坑(列車が通るトンネル)は海の下を2つ、陸の下を7つの工区に分けて発注されました。そのうち大林組と清水建設のJVが受け持ったのが、北海道側の6.4kmの三岳工区です。1973年2月に工事を始め、崩れやすい地層やメタンガスに何度も行き当たりながら、1978年10月に貫通、1981年1月に工事を終えています。青函トンネル全体の開通は、その7年後の1988年3月13日です。

北陸新幹線 飯山トンネル(2011年竣工)は、長さ22.251kmで、大林組の120年史(2011年時点)によると鉄道トンネルとしては日本で4番目の長さです。大林組のJVが担当したのは、新潟県側の出口にあたる板倉工区3,660mです。周りの地盤が押し出してくる力がとても強く、最も厳しい区間では1日に1mしか掘り進めなかったと記録されています。

都市と海の下:大阪の地下鉄・東京湾アクアライン・横浜環状北線

大阪の地下鉄(1933年竣工)は、1930年1月に工事が始まった第1期の区間です。大林組の百年史によると、梅田〜心斎橋間のうち、大林組は淀屋橋〜北久太郎町間の路線と駅、淀屋橋の改築と川の下を通る区間などを担当しました。社史は、この川の下を掘るトンネル工事を「日本最初の試み」と書いています。大林組の担当区間は1933年4月に完成し、翌5月に地下鉄が開業しました。なお、大林組の沿革の一覧では、この区間を「昭和7年(1932年)竣工」としており、資料によって1年ずれています。

東京湾アクアライン(1997年竣工)では、大林組のJVが海ほたる(木更津人工島)から川崎方面へ向かうトンネルを掘りました。使ったシールドマシンは直径14.14m、重さ3,200tで、大林組は「世界最大級」としています。水深が最大28mの海の底を約2.8km掘り進め、川崎側から掘ってきた別のJVのマシンと地中でつなぎました。その誤差は横に8mm、縦に11mmだったと120年史に記録されています。

横浜環状北線(2016年竣工)は、首都高速道路が発注した、2本で総延長約11kmのシールドトンネルです。2008年6月に工事を始め、大林組の沿革によると2016年10月に竣工しました。高速道路の分かれ道や合流する場所をつくるには、トンネルを地中で横に広げる必要があります。大林組はここで、外径12.3mのトンネルを18.3mまで広げる方法を提案し、自社の紹介では「世界初の大断面地中拡幅方法」としています。

海外:ニュージーランドのウォータービュー

ニュージーランド最大の都市オークランドで、途切れていた高速道路をつないだのがウォータービューのトンネル(2018年竣工)です。国土交通省の資料によると、長さ2,400mのシールドトンネルを2本掘る工事で、掘る直径は14.5m、工期は2011年11月〜2017年6月です(大林組の実績紹介では、竣工を2018年3月としています)。ニュージーランドで初めての大断面シールドトンネルでした。1本目を掘り終えたシールドマシンを分解せず、Uターンさせて2本目を掘ったことで工期とコストを抑えたと、国土交通省は紹介しています。このプロジェクトは、国土交通省の「JAPANコンストラクション国際賞」を受賞しました。

ダムの代表工事は?戦後の糠平ダムから最新の川上ダムまで

大林組のダムの代表工事として社史が大きく取り上げているのが、戦後すぐに手がけた北海道の糠平ダムです。そこから半世紀以上たった2023年には、三重県の川上ダムを、ダム工事の技術をデジタル化した新しい仕組みで完成させています。

糠平ダム:「社運を賭けた」寒い土地での工事

糠平ダム(1956年竣工)は、戦後の電力需要をまかなうため、電源開発が発注した北海道のダムです。大林組の沿革は、工事費が40億円を超える「社運を賭けた大工事」だったと書いています。

1953年に工事を始め、寒い土地での難しい工事でしたが、予定どおり3年で完成しました。沿革には、これが寒冷地でのダム建設の最短記録になったとあります。

中木庭ダム:ケーブルクレーンでコンクリートを自動で運ぶ

中木庭ダム(2007年竣工)は、佐賀県が発注した高さ69.5mのダムです。谷の両側に張ったワイヤーを使うケーブルクレーンを自動で動かし、決めた順番どおりにコンクリートを運ぶ仕組みを取り入れました。120年史は、これで熟練の技術者の負担が減り、安全性も上がったと書いています。

川上ダム:ダム工事の経験をデジタルでまとめた「ODICT」

川上ダム(2023年竣工)は、水資源機構が三重県伊賀市に造った高さ84mのダムで、大林組・佐藤工業・日本国土開発の3社のJVが施工しました。1967年に予備調査が始まり、その50年後の2017年9月に、大林組などが受け持つダム本体の工事が始まりました。

この現場は、大林組が長年のダム工事で積み重ねてきた技術に、情報通信やAIを組み合わせた「ODICT(オーディクト)」という仕組みの実証の現場になりました。自社の紹介によると、タワークレーンでコンクリートを自動で運ぶ方法を国内で初めて実施したのもこの現場です。

天ヶ瀬ダム:ダムとトンネルの両方の技術が要る工事

天ヶ瀬ダムのトンネル式放流設備(2023年竣工)は、京都府宇治市にある天ヶ瀬ダムの放流量を増やすため、国土交通省が発注した工事です。ダムの水をトンネルで川へ流す仕組みで、大林組は水の勢いを弱める区間(減勢池)と出口部分を担当しました。

最も大きい区間(施工延長のおよそ半分)では、トンネルの中が高さ約26m、幅約23mもあり、一般的な道路トンネルの7〜8倍の断面です。大林組は「国内最大級の超大断面を持つ水路トンネル」と紹介しており、この工事は2022年度の土木学会賞を受賞しています。

ダムの話は、ほかのスーパーゼネコンにもあります。鹿島建設のダムの歩みは鹿島建設の得意分野|原子力・ダム・技術研究所と180年の歩みで紹介しています。

まとめ:大林組の実績は「工区」まで添えて話すと正確

大林組は、1914年の生駒隧道から、青函トンネル、東京湾アクアライン、2023年の川上ダムまで、100年以上にわたってトンネルやダムの大工事を手がけてきました。ただしその多くはJVで、工区ごとに担当が分かれています。

雑談で話すなら、「青函トンネルは、北海道側の三岳工区を大林組と清水建設のJVが掘った」「飯山トンネルは、全長22kmあまりのうち新潟県側の板倉工区を大林組のJVが担当した」のように、担当範囲まで添えると正確です。

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