「スカイツリーを建てた大林組が、今度は宇宙まで届くエレベーターを造るらしいですよ」。そう聞いたら、SF映画の話かと思いますよね。でもこれは、大林組が2012年に自社の広報誌で発表した、工事の手順まで書かれた建設構想です。いったいどこまで本気なのでしょうか。
結論からお伝えすると、発表しただけの構想ではありません。大林組は1987年に初めて宇宙の専門部署をつくり、2012年の構想発表のあとは国際宇宙ステーションでケーブルの素材を試すなど、実験を重ねてきました。ただし、2012年に「技術の課題が解決すれば2025年に着工」としていた工事は2026年9月時点で始まっておらず、2050年の見通しも資料によって書き方が違います。
この記事では、大林組の広報誌「季刊大林」や技術研究所の論文、総務省の会議に出された大林組の資料をもとに、次の3つをまとめました。
- 宇宙エレベーター構想の中身(大きさ・仕組み・建て方)
- 「本気か」を判断する材料と、進んでいない現実の両方
- 朝礼や雑談でそのまま使える数字と話し方
大林組の宇宙エレベーター構想とは?全長9万6000kmの「宇宙へのケーブルカー」
大林組の宇宙エレベーター構想は、赤道の上に置いた地上の基地から宇宙まで1本のケーブルを張り、そのケーブルを伝って上り下りする乗り物で人や荷物を運ぶ計画です。大林組は2012年2月、広報誌「季刊大林」53号でこの「宇宙エレベーター建設構想」を発表しました。
全体の長さは9万6000kmあります。地球の赤道をぐるりと一周すると約4万km(国土地理院が定める地球の赤道半径6,378.137kmから計算)なので、その約2.4周分のケーブルを、地上から空へ向けてまっすぐ立てるイメージです。
大林組が総務省の会議に出した資料(「宇宙エレベーター」建設構想、2018年)をもとに、主な部分を並べると次のようになります。
| 部分 | 高さ | 役割 |
|---|---|---|
| アース・ポート | 地上(赤道上) | 地球側の発着場。ケーブルを地上に固定し、ケーブルを引っぱる力を調整する |
| クライマー | ケーブルの上 | ケーブルを伝って上り下りする乗り物(エレベーターのかごにあたる) |
| 静止軌道ステーション | 3万6000km | いちばん大きな駅。研究施設や、宇宙で太陽光発電をする設備を置く計画 |
| カウンターウェイト | 9万6000km | ケーブルの先端にあるおもり。重さのバランスを取る |
地上から静止軌道ステーションまでは、クライマーに乗って7日間かけて上る計画です。途中には、月や火星と同じ重力で実験や訓練ができる施設、火星へ探査機を送り出す場所なども描かれています。
なぜケーブルが立っていられるのか
ケーブルが倒れずに立っていられるのは、ハンマー投げのハンマーを振り回すと、ひもがピンと張るのと同じ理屈だと考えると分かりやすいでしょう。カギになるのは高さ3万6000kmの「静止軌道」で、ここを回る人工衛星などは地球の自転と同じ速さで一周するため、地上からは止まって見えます。大林組技術研究所の論文によると、この静止軌道より地球側では地球の重力が、宇宙側では地球の自転による遠心力(外へ引っぱられる力)が強く働くため、ケーブルは両端に向かって引っぱられ、張った状態を保ちます。
どうやって建てる?宇宙から「垂らして補強する」建て方
宇宙エレベーターは、地上から積み上げるのではなく、宇宙から細いケーブルを地上へ垂らし、それを何百回も重ねて太くしていく方法で建てる計画です。ビルや鉄塔とは、工事の進む向きがまったく逆になります。
季刊大林が紹介している手順を、順番に並べると次のとおりです。
- 工事に必要な材料を何回かに分けてロケットで打ち上げ、地球に近い宇宙空間で工事用の宇宙船を組み立てる
- 工事用の宇宙船が、地球の周りを回りながら少しずつ高度を上げ、静止軌道まで上がる
- 宇宙船が地上へ向けてケーブルを繰り出しながら、自分は反対側の宇宙へ上っていく。ロケットの打ち上げから約8か月でケーブルが地上に届き、高さ9万6000kmまで上った宇宙船はそのままおもりになる
- 工事用のクライマーが、補強用のケーブルを貼りつけながら上っていく。これを繰り返してケーブルを太くする
補強の回数は、2012年の季刊大林では「約500回」、2021年の技術研究所の論文では「510回」です。補強を終えるとケーブルの重さは20tから7,000tになり、重さ100tのクライマーが使えるようになるとされています。2012年の構想では、この工事全体の期間を25年と見積もっていました。
本気なのか?1987年に始まった大林組の宇宙開発の歩み
少なくとも、発表しただけの構想ではありません。大林組は1987年に初めて宇宙の専門部署をつくり、一度は廃部したものの、2012年に宇宙エレベーター構想を発表しました。2021年の論文ではケーブルの素材やクライマーなどの研究成果を報告しました。2025年にも、研究者が取材で雷の影響などの研究について語っています。
宇宙への取り組みは1987年に始まった
大林組の宇宙の取り組みを年ごとに並べると、宇宙エレベーターは突然出てきた話ではないことが分かります。ただし、途中で専門の部署がなくなった時期もあり、ずっと続いてきたわけではありません。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1987年10月 | 宇宙開発プロジェクト部を設立 |
| 1990年 | 火星に住むための構想「マース・ハビテーション」を発表 |
| 1996年 | 宇宙の構想「スペース・ナッツⅡ」を発表。同じ年に宇宙開発プロジェクト部を廃部し、宇宙の計画はいったん止まる |
| 2012年 | 社内のさまざまな専門を持つ7人が約1年かけて検討し、宇宙エレベーター建設構想を発表 |
| 2019年 | 「未来技術創造部」が発足 |
1996年の廃部と、2012年の構想を7人でまとめた経緯は、研究者の石川洋二さんが2021年の雑誌「GOETHE」の取材で語っています。そのほかは大林組の公式サイトによります。
2024年の取材では、宇宙関連の事業を担当するメンバーと研究所のメンバーを合わせた約15名のチームで取り組んでいると紹介されています。2025年11月には技術研究所の開設60年の見学会で宇宙エレベーターの取り組みを紹介し、同年12月に公開したテレビCMでも「宇宙エレベーター建設構想」の映像を使っています。
宇宙ステーションでケーブルの素材を試している
ケーブルの素材に使う計画のカーボンナノチューブ(炭素でできた、ごく細い筒の形をした素材)は、技術研究所の論文によると、重さはアルミニウムの約半分なのに、引っぱりに対する強さは鉄鋼の約20倍もあります。
この素材が宇宙で傷まないかを確かめるため、大林組は静岡大学などと共同で、国際宇宙ステーションの日本の実験棟「きぼう」の船外で、素材を宇宙空間にさらす実験をしてきました。大林組の2020年6月の発表によると、2015〜2017年の1回目の実験で素材に傷みが見つかったため、2019年夏に打ち上げた2回目の実験では、表面を金属系とケイ素系の材料で覆って守った素材を、1年間と2年間さらす計画にしました。日経クロステックの報道では、1年間さらした素材は2021年3月に地上に戻っています。2年間さらした素材の分析結果は、2026年9月時点で公開されている資料には見当たりません。
乗り物や雷の研究も
素材のほかにも、クライマーは湘南工科大学と共同で研究し、模型で高さ160mのケーブルを20分間に3往復させました。雷の研究には、東京スカイツリーの建設中に大林組がつくった、雷の発生を予測する「雷警報システム」のノウハウを生かす考えです。
公式資料と報道を読み比べて感じたのは、大林組が研究の成果を論文として公開し、「宇宙で素材が傷んだ」という都合のよくない結果も隠さずに書いている点です。話題づくりだけが目的なら、そこまで細かく報告する必要はないでしょう。どこまで本気と見るかは読む人次第ですが、少なくとも2025年まで研究の取り組みが続いていたことは、公開されている資料で確かめられます。
2050年に完成するの?計画の「当初」と「今」を比べる
2012年の構想は、「ケーブルやクライマーの開発が終わり、2025年に着工できれば、25年間の工事で2050年から運用を始められる」という条件つきの見通しでした。しかし2026年9月時点で着工の発表は見当たらず、2025年12月の取材では、大林組の研究者が「2050年以降の実用化」をめざすと話しています。少なくとも着工は、当初の見通しより遅れています。
資料や報道を年ごとに並べると、見通しの変化が分かります。
| 時期 | 資料 | 内容 |
|---|---|---|
| 2012年2月 | 季刊大林53号 | 技術の課題が解決し、2025年に着工できれば、25年間の工事で2050年から運用開始 |
| 2018年11月 | 総務省の会議に出された大林組の資料 | 2025年着工、2030年に最初のロケット打ち上げ、2050年に運用開始 |
| 2021年11月 | 日経クロステックの取材 | 石川洋二さん(未来技術創造部 上級主席技師)が「約9年間研究を続けてきたが、やればやるほど難しい」と話す |
| 2024年6月 | 日経クロステックの取材 | 着工目標の2025年を前に現状を取材。最大の課題はケーブルの素材 |
| 2025年12月 | 高校生新聞の取材 | 研究者の新述隆太さんが「2050年以降の実用化」をめざすと話す |
| 2026年9月時点 | 大林組の公式サイト(英語版の構想ページ) | 「2050年までに建設する計画」の記載が残る |
表には「2050年」が4回出てきますが、意味は少しずつ違います。2012年と2018年の資料では、2025年の着工を前提にした運用開始の年でした。今も英語版の構想ページには「2050年までに建設する計画」と書かれている一方、2025年12月の取材で研究者が話したのは「2050年以降」の実用化です。会社として目標年を改めて発表したり、変えたりしたものは、2026年9月時点では見当たりませんでした。
いちばんの壁はケーブルの素材
2024年の日経クロステックの記事が「最大の課題」として挙げたのが、ケーブルの素材です。2021年の同誌の報道によると、当時つくれたカーボンナノチューブの長さは数十cm程度でした。宇宙エレベーターに必要なのは9万6000kmです。
技術研究所の論文は素材のほかにも、宇宙ごみとの衝突や、移動中に浴びる放射線、運賃の収入で事業として成り立つかなどを課題に挙げ、最後に、実現には一民間企業の取り組みにとどまらず、いろいろな分野で検討を進めることが近道になると結んでいます。1社の努力だけでなく、多くの分野の力が要る計画だということです。
なぜ建設会社が宇宙をめざすのか?大林組が語る理由
大林組の研究者は、「人が月や火星に住むようになったとき、住む場所を造るのは建設会社の役割だ」と話しています。宇宙エレベーターは、大林組が掲げる宇宙の3つのテーマのうち、「宇宙に行く」にあたる研究です。
研究者の新述隆太さんは、2025年12月の高校生新聞の取材で、次のように話しています。
将来、人が月や火星に住む時代が来た時、住む場所を作るのは『建設の役割』だからです。
2024年の別の取材では、「建設会社は、人が住む空間を作ることが一番の目的」だとして、人が宇宙に住むようになれば必ず建設会社の出番があると話していました。新述さんは現場監督と技術研究所を経て、2022年4月から宇宙関連の技術開発を担当しています。現場を知る人が宇宙の研究をしているという点も、建設会社らしいところです。
大林組は宇宙の取り組みを、次の3つに分けています。
| テーマ | 中身 |
|---|---|
| 宇宙に行く | 人や物を宇宙へ運ぶ方法の研究(宇宙エレベーターなど) |
| 宇宙に住む | 宇宙や月・火星の上で建物を造る技術(月の砂の利用、無人での建設など) |
| 宇宙を使う | 宇宙の研究で得た知見を地上に生かす(地下水の予測など) |
大林組の構想は規模こそ桁違いですが、「人が暮らす場所を造る」という出発点は、どの建設会社にも共通しています。10年後、20年後に自社がどんな現場を持っていたいか、考えてみるきっかけにもなりそうです。
宇宙エレベーターのよくある質問
宇宙エレベーターに乗れるのはいつですか?
まだ決まっていません。2012年の構想では、2025年に着工できれば2050年から静止軌道ステーションの運用を始められるとしていました。大林組の公式サイト(英語版)には今も「2050年までに建設する計画」と書かれていますが、2026年9月時点で工事を始めたという発表は見当たらず、2025年12月の取材では、大林組の研究者が「2050年以降の実用化」をめざすと話しています。
宇宙エレベーターの建設費はいくらですか?
2018年に総務省の会議に出された大林組の資料では、建設費用を10兆6,600億円と推計しています。ただし、これは2025年着工を前提にした当時の計画での数字です。
ほかのゼネコンも宇宙に取り組んでいますか?
取り組んでいます。たとえば清水建設は、公式サイトの年表によると1988年に「コンクリート製月面基地」、1989年に「宇宙ホテル」の構想を発表しました。
まとめ:雑談で使える3つのポイント
大林組の宇宙エレベーターは、少なくとも2025年まで研究の取り組みが続いていたものの、完成はまだ先という段階です。雑談で話すなら、次の3つを押さえておけば間違えません。
- 長さは9万6000km: 「地球を2周半近く回る長さのケーブルを、赤道から宇宙へまっすぐ立てる計画なんです」
- 宇宙の部署は1987年から: 「大林組は1987年に宇宙の部署をつくっていて、一度は廃部したけれど、2012年に構想を発表してからは国際宇宙ステーションでケーブルの素材を試してきたそうです」
- 着工はまだ: 「大林組の構想ページには今も『2050年までに建設』と書かれていますが、2012年に『うまくいけば』としていた2025年の着工はまだで、研究者は2050年以降の実用化をめざしていると話しています」
1つめと3つめをセットで話すと、「壮大な構想だが、着工はまだ」という今の状況を正確に伝えられます。
大林組の会社としての歩みも、あわせてどうぞ。

